マレーシアは政府が様々な優遇政策を実施しており、申請が通った企業は大幅な減税が受けられることから、毎年多くの企業が誕生しています。これらの優遇政策の多くは外資でも享受でき、かつ外資規制も比較的緩やかなため、東南アジアの新たな進出先として注目を集めています。
しかしながらマレーシアは共用語がマレー語である、人口の6割強がイスラム教を信仰しているなど、日本とは文化が大きく異なります。進出時には事前調査を適切に行うとともに、マレーシアのルールに則った法人設立・運営が重要です。
本記事では、日本企業がマレーシアで法人設立する際の手順や費用について詳しく説明します。日本企業が頻繁に遭遇する注意点についても解説しますので、ぜひ参考にしてください。
- マレーシアで法人設立するメリット
- マレーシアで法人設立する手順
- マレーシアで法人設立する費用
- マレーシアの税制
- マレーシアで法人設立する際の注意点
マレーシアへの日系企業進出状況
外務省が毎年発表している「海外進出日系企業拠点数調査」の2023年調査結果によれば、マレーシアに進出している日系企業数は1,617社です。ASEAN内での順位では、フィリピン(2023年調査で1,604件)を抑え、タイ、ベトナム、インドネシアに次ぐ第4位にランクインしています。
2013年調査では1,056件だったため、ここ10年で約1.5倍に増えたことになります。タイやベトナムへの日系企業進出数は伸び悩む一方で、近年日系企業の進出数が増えているのがマレーシアです。
マレーシアで法人設立するメリット
様々な国で日系企業の撤退が相次いでいるのに対し、マレーシアへの法人設立が増加しているのは多くのメリットがあるからです。
次々と打ち出される経済対策と優遇措置
マレーシアでは政府による経済対策が次々と打ち出されています。代表的な経済対策や優遇措置は以下の通りです。
- パイオニア・ステータス
- 投資控除
- プリンシパル・ハブ・インセンティブ
- グローバル・トレーディング・センターの優遇措置
- マレーシア・デジタル(MD)に対する優遇措置
詳細はマレーシアの税制事情の項にて詳しく説明しますが、数年に一度大規模な経済政策が発表され、該当する企業は税制面の大きな優遇が受けられます。
これらの多くは外資系企業での申請できるため、法人税の大幅な削減や政府からの支援などが期待できます。
経済成長と豊富な労働力
マレーシアのここ最近の経済成長率は以下の通りです。
年 | 経済成長率(%) |
---|---|
2017 | 5.81 |
2018 | 4.84 |
2019 | 4.41 |
2020 | -5.46 |
2021 | 3.32 |
2022 | 8.86 |
2023 | 3.56 |
2020年は新型コロナウイルスによって影響を受けたものの、2022年には8.86%という驚異的な成長率を記録。2024年も4.8%という高い成長率が期待されています。
人口に占める若年層・労働力人口の割合も高く、人口は今後も増えていく予定です(2023年は3,350万人だが、2050年には4,346万人に達する見込み)。
マレーシアは今後もしばらくは高い経済成長率を記録すると予測されているため、活発な市場を探している外資企業が注目しています。
国家の安定感が高い
マレーシアは、2020年以降、何度か政権交代を繰り返すなど国内の政治に関する不安は多少あるものの、他国との対立が非常に少なく紛争リスクが低い国として認知されています。
海外進出において国家の安定度は非常に重要です。もし他国との間で紛争が起きた場合には、外資系企業は大きな影響を受けます。マレーシアは国が安定しているため、長期にわたって落ち着いてビジネスがしやすい国といえるでしょう。
英語が広く通じる
マレーシアの公用語はマレー語ですが、昨今では英語教育が普及し、都市部では英語が共通語として広く使われています。法人設立やビジネス上の相談などは、ほぼ英語で実施できます。
マレーシアの英語は「マングリッシュ」と呼ばれ、イギリスの影響を強く受けているのが特徴です。そのため、アメリカやフィリピンなどの英語とは多少表現や発音が異なりますが、日本人にとっては聞き取りやすい発音のため、慣れれば問題なく対応できるでしょう。
イスラム教徒が6割
マレーシアでは人口の6割強がイスラム教を信仰しています。イスラム教徒(ムスリム)は服装や慣習などが日本人とは異なりますが、昨今ではムスリム向けに開発された日本の着物や洋服などが人気です。
ターゲットの関心が異なれば、それはビジネスチャンスにもなります。日本文化とイスラム教文化が混ざり合った新しい分野にチャレンジしたい企業にとって、マレーシアへの進出は大きなチャンスとなるでしょう。
マレーシアで法人設立する手順
マレーシアの法人設立手順は以下の通りです。法人登記を実施した後、30日以内に第一回の取締役会開催と会社秘書役の選定が必要なため、スケジュールに気をつけましょう。
- 事前リサーチ
- 会社名の確認と申請
- 発起人や取締役の決定
- 会社定款の作成および書類準備
- 法人設立登記申請
- 第一回取締役会の開催
- 会社秘書役の選定
- 銀行口座の開設
- 必要なビザの取得
- ビジネスライセンスの取得
1.事前リサーチ
まずはマレーシアや競合他社の情報を集めましょう。マレーシアでは何が人気なのか、どのような日系企業が進出しているのか、外資系企業はどのような戦略をとっているのかなどを確認していくとよいでしょう。
また、事前リサーチにおいて進出形態を決定しておくことも重要です。マレーシアへの進出では、以下3つの進出形態が選べます。
- 現地法人
- 支店
- 駐在員事務所
支店は日本企業の海外支店として進出する方法で、会計業務をひとまとめにできるなどのメリットがありますが、利用できるジャンルが限られています。また、支店では外資向けの優遇政策が使えない場合もあります。駐在員事務所は調査を目的とするもので、設置は一番容易ですが、営利目的の活動はできません。
そのためマレーシアでは、多くの企業は税制優遇政策が利用できる現地法人を設立します。
2.会社名の確認と申請
マレーシア進出が決まったら、事前に会社名を申請します。マレーシアでは他社と同じもしくは類似した会社名は利用できないため、政府サイト「MyCoID」で会社名の検索および事前登録を行います。
会社名をキープできる期間は30日のため、30日以内に法人登記書類を準備し、申請する必要があります。マレーシアではマレー語や英語で会社名を作成するのが一般的です。その他言語も利用できますが、申請時に別途書類が要求される場合があります。会社名に関しては以下のガイドラインにまとめられているため、事前に確認しておくとよいでしょう。
3.発起人や取締役の決定
発起人を1名以上選任し、必要な準備を進めていきます。発起人は日本人でも可能ですが、取締役はマレーシア居住者を最低1名以上選任する必要があります。信頼できる人物を探し、取締役に加えましょう。
4.会社定款の作成および書類準備
法人登記で必要な書類は以下の通りです。
- 会社定款
- 発起人および取締役による法定宣誓書
- 会社名利用の許可書
- 発起人および取締役に関する詳細情報
- その他資料(要求された場合)
外国人が発起人の場合には追加の資料が求められる場合があるため、一度近くにあるマレーシア法人登録局(CCM)に出向き、相談しておくとよいでしょう。
5.法人設立登記申請
資料が揃ったら、法人設立登記を申請します。申請方法はオンライン申請と直接申請の2種類から選べます。直接申請の場合には各地に点在するCCMで申請できます。オンラインの場合には政府の公式サイトを利用してください。
申請書類のほかに、申請費用が必要となります(1,000~3,000リンギット:35,000~105,000円)。
申請から3日ほどで結果が出ます。申請が許可された場合には設立登記完了通知書が発行されます。大切に保管しましょう。
6.第一回取締役会の開催
マレーシアでは法人設立から1ヵ月以内に第一回の取締役会を開催することが義務づけられています。第一回の取締役会では、以下のようなことが議論され、決定されます。
- 会社秘書役(カンパニーセクレタリー)の選任
- 取締役の選任および役職の割り当て
- 会社の銀行口座の開設
- 会社の定款の確認と承認
- 会社の運営に関する基本方針の決定 など
7.会社秘書役の選定
法人設立日から30日以内に、最低1名以上の会社秘書役(カンパニーセクレタリー)を選任することが義務づけられています。基本的には第一回取締役会で承認された後、業務に移ります。
会社秘書役の主な業務は以下の通りです。
- 会社の法定手続きや登記
- 年次報告書の提出
- 株主総会や取締役会の準備・運営
マレーシアの法人運営において非常に重要なポジションのため、信頼できる人物を選びましょう。会社秘書役はマレーシアに居住する人物であるとともに、マレーシア会社秘書役協会に所属しているなど一定の資質を有している必要があります。
8.銀行口座の開設
法人用の銀行口座を開設します。設立登記完了通知書があれば外国人でも口座開設できますが、手間を省きたければ会社秘書役に依頼するとよいでしょう。口座開設後は資本金を振り込みます。
口座開設および資本金の振り込みに時間がかかる場合があるため、時間に余裕をもって進めるようにしてください。
9.必要なビザの取得
たとえ法人の発起人であっても、マレーシアで働くには雇用パスと呼ばれる就労ビザを取得する必要があります。申請から取得まで数ヶ月~半年ほどかかる場合があるため、法人設立後はすぐにビザ申請に取りかかりましょう。
マレーシアのビザに関しては以下の記事で詳しく説明しています。
マレーシア 法人設立 ビザの記事を貼り付け
10.ビジネスライセンスの取得
事業を開始する前に、本社を構える自治体に対してビジネスライセンスを申請します。申請が通るとライセンス証書とステッカーが発行されるため、見やすい箇所に配置しましょう。
特定の業種(飲食業や教育業)などは、別途追加のライセンスを取得する必要があります。追加ライセンスが必要な業種は頻繁に変更されるため、常に最新の情報を確認してください。
マレーシアで法人設立する費用
マレーシアで法人設立する際に発生する費用は以下の通りです。
項目 | 費用 | 備考 |
---|---|---|
会社名の使用許可申請 | 50リンギット(1,650円) | |
会社設立登記料 | 1,000~3,000リンギット(35,000円~105,000円) | 会社形態や規模によって異なる |
会社秘書役の登録料 | 30リンギット(1,050円) | |
オフィスレンタル費 | 条件によって異なる | |
人件費 | 条件によって異なる | 取締役や会社秘書役、その他社員など |
その他 | 条件によって異なる | 事業費、通信費、交通費、ビザ申請費、他 |
規模の小さな会社であれば、各種登録費は40,000円程度で済みます。マレーシアでは最低資本金が1リンギット(35円)ですが、これだけでは当然足りません。人件費やオフィスレンタル費などで大きな支払いが必要になることを念頭に置き、必要な額を準備しておくとよいでしょう。
マレーシアの税制事情
マレーシアの一般的な税制事情と優遇措置について説明します。節税対策を行うためには外資が利用できる優遇措置に申請する必要があります。申請を怠るとせっかくの優遇措置が受けられませんので、注意してください。
法人税
マレーシアの法人税率は、2016賦課年度より24%
税制 | マレーシア – アジア – 国・地域別に見る – ジェトロ
マレーシアの法人税率は24%と、東南アジア近隣国と比較して高めに設定されています(ただし、中小企業でかつ年間売上が5,000万リンギ以下の場合には15~24%の累進課税が適用される)。そのため、通常通り会社経営を行った場合は、日本の法人税(23.2%)とほぼ同程度の支払いが生じることとなります。
しかしながらマレーシアは、数多くの優遇政策を実施しており、その多くは外資系企業であっても利用できます。これにより、法人税の節税が可能です。マレーシアの代表的な優遇措置について説明します。
パイオニア・ステータス
マレーシア政府が指定する「奨励事業」や「奨励品目」を取り扱う企業が利用できる優遇政策で、5年間にわたり法人税が70%減額される。推奨された事業で申請を正しく行えば、外資でも申請可能。
投資控除
政府が指定する事業(製造業、農業、観光業、研究開発、環境保護事業、ICT事業など)に新規で取り組む企業が申請できる優遇措置。適格資本的支出の60%に相当する控除を受けられる。外資でも申請可能。
再投資控除
投資控除は新規で取り組む企業が対象なのに対し、再投資控除はすでに事業を実施している企業が申請できる優遇措置。投資控除と同様に、適格資本的支出の60%に相当する控除を受けられる。外資でも申請可能。
プリンシパル・ハブ・インセンティブ
プリンシパル・ハブ・インセンティブは、マレーシアに進出するグローバル企業を対象にした優遇税制です。認定されると5年間、適格所得に対して0%または5%の法人税率が適用されます。
グローバル・トレーディング・センターの優遇措置
グローバル・トレーディング・センターの優遇措置は、マレーシアを国際貿易の拠点として利用する企業が利用可能です。申請が通れば5年間、10%の法人税率が適用されます。
個人所得税
マレーシアに1年間で182日以上滞在した場合には居住者と認定され、一定額の所得がある場合には個人所得税が課せられます。累進課税が採用されており、5,000リンギット以上の所得に対して1~30%の税率がかかります。
売上税とサービス税
マレーシアには消費税やVAT(付加価値税)はありませんが、物品の売上に対して10%(一部5%)の売上税が発生します。また、特定のサービスには6%のサービス税が発生します。
マレーシアで法人設立する際の注意点
マレーシアは外資を積極的に誘致しているため、日本企業でも適切な手続きを行えば、マレーシア現地法人が設立できます。しかしながら、外資向けの規制や外資が利用できない優遇措置もあります。また、海外で会計や税務、人事などを適切に行うのは簡単ではありません。
最後に、日本企業が頻繁に遭遇する問題や注意点をまとめました。マレーシアでの法人設立に取りかかる前に、ぜひご確認ください。
外資規制の確認
マレーシアは外資を積極的に誘致しているものの、一部業種においては外資規制を行っています。例えば、水やエネルギー、放送、防衛、保安などに関する業種は、外資出資比率の上限が30%もしくは49%と規定されています。また、食料品店や小規模のスーパーマーケット、薬局、新聞、ガソリンスタンドなどは、外資の参入が不可とされています。
外資の参入が許可されている業種でも最低資本金額が規定されている場合もあるため、事前リサーチの段階で自社の業種が外資規制に当てはまらないかを確認するようにしてください。
法律が頻繁に変わる
マレーシアでは優遇措置と関連して法律が頻繁に変わります。数年前に利用できた優遇税制がなくなり、別の制度ができあがっているというのはよくあることです。マレーシアで優遇措置を最大限に活かすためには、政府の動向を注視し、最新の税制政策を理解していく必要があります。
言語の壁やビジネスマナーの違い
マレーシアは英語が広く通じるようになってきましたが、マレー語しか話せない人も多くいます。特に地方でビジネスを実施する場合には、英語よりもマレー語が必要になる機会が増えるでしょう。言語の壁をどのように乗り越えるかは、非常に大きな問題です。
また、日本企業の多くはビジネスマナーの違いに苦戦しています。マレーシア人はフレンドリーでおおらかな性格ですが、日本人からすると大切な場面で集中していないように感じるかもしれません。マレーシアで法人運営するには少なくとも数名のマレーシア居住者を雇う必要があるため、人材マネジメント力も試されます。
高騰し続ける物価事情
マレーシアでは高い経済成長率に伴い、物価も上昇しています。食料品が高騰していることもあり、都心部のレストランでは日本と同程度もしくはそれ以上の費用がかかります。
また、物価上昇に伴い人件費も上がっています。地元の単純労働者であれば比較的安く雇えるものの、法人を任せられるような優秀な人材となると、日本人と同程度もしくはそれ以上の人件費が求められます。昨今では世界各国から外資系企業が参入しているため、価格競争により日本企業に優秀な人材が集まらない現象も発生しています。
会計・税務に関する専門的な知識
マレーシアではマレーシア財務報告基準に基づいて財務諸表を作成します。また、毎年マレーシアの公認会計士による監査を受ける必要があります。
マレーシアの優れた税制措置を適用するためには、その制度を正しく理解するとともに、適切な手続きや申告を行う必要があります。もし何らかのミスがあった場合には税制優遇が受けられないばかりか、追徴課税が科される可能性もあります。
もしマレーシアでの会計・税務に不安がある場合には早めに代行会社に相談するとよいでしょう。
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