昨今、多くの日本企業が注目している国が「ベトナム」です。ベトナムは東南アジアの中でも人材の質が高い、ITに強い人材が豊富、外資の優遇税制がある、人件費が安いなどの魅力があります。
一方で、予想外のコスト増や現地におけるコミュニケーションの難しさが原因で早期に撤退してしまう企業も多くあります。そうならないように、進出前に適切に計画を練っておくことも重要です。
本記事では、ベトナムで法人設立する手順や費用、メリット、注意点などを丁寧に解説します。ベトナムで法人設立を検討中の方は、ぜひ参考にしてください。
- ベトナムで法人設立するメリット
- ベトナムで法人設立する手順
- ベトナムの税制
- ベトナムで法人設立する際の注意点
ベトナムで法人設立するメリット
ベトナムは日系企業が進出しやすい条件が整っていることから、日系企業の進出数は東南アジア内でタイに続く第2位です。ベトナムに法人設立するメリットは以下の通りです。
- 低い法人税と外資優遇政策
- 人材レベルが高い
- IT人材が豊富
- 経済成長が期待できる
- 日本からのアクセスに優れる
低い法人税と外資優遇
ベトナムの法人税は一律20%に設定されています。
法人税の標準税率は2016年1月1日より20%
税制 | ベトナム – アジア – 国・地域別に見る – ジェトロ
日本の法人税は23.2%のため、ベトナムに法人設立することで多少の節税が期待できます。また、ベトナムでは一定条件に当てはまる場合に減税もしくは免税が受けられ、さらに外資向けの優遇政策も行っていることから、外資系企業の平均税率は12.3%です。
条件に当てはまるように法人設立する必要がありますが、うまくいけば、ベトナムでは日本よりも10%以上低い法人税で事業を行えます。
人材レベルが高い
ベトナムは東南アジア周辺国と比べ、人材の質が高いことでも知られています。世界銀行が公表したレポートによれば、東南アジア各国の人材力は以下の通りです。
項目 | ベトナム | インドネシア | マレーシア | フィリピン | タイ |
---|---|---|---|---|---|
人的資本指数2020 | 0.69 | 0.54 | 0.61 | 0.52 | 0.61 |
統一テストのスコア | 519 | 395 | 446 | 362 | 427 |
就学年数 | 10.68 | 7.83 | 8.89 | 7.49 | 8.68 |
成人の生存率 | 0.87 | 0.85 | 0.88 | 0.82 | 0.87 |
このレポートはあくまでも1つの指標に過ぎませんが、ベトナムは東南アジア諸国の中では、教育レベルが高い、各種学力スコアが高いことで知られています。人材の質にこだわりたい場合には、ベトナム進出が候補の1つとなるでしょう。
IT人材が豊富
ベトナムは近年、優秀なIT人材が多いことで世界から注目を集めています。ベトナムは国策として、1998年より小学校における英語とコンピュータ教育を義務化しました。中学2年生からは、ソフトウェアコーディングやIT科目も加わります。また、教育現場にIT機器を積極的に導入するとともに、数学・科学教育などへの注力によりIT人材の育成に努めました。
結果として、科学や数学においては世界でもトップクラスの学力を持つ国に成長するとともに、国の後押しもあり、多くの優秀なIT人材が生まれました。ベトナムは英語が公用語ではありませんが、一定以上の教育を受けた人材は高い英語力も有しています。
経済成長が期待できる
近年のベトナムの経済成長率GDP成長率は以下の通りです。2020~2021年にかけては新型コロナウイルスの影響で低迷したものの、ここ数年は勢いを取り戻しており、今後も6%前後の成長が期待されています。
人口も2024年時点で9,900万人を突破しており、2024年もしくは翌年には1億人を突破する公算です。ベトナムは今後さらなる経済成長が見込めることから、早めに投資しておく価値は高いといえるでしょう。
年 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 | 2024 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
GDP成長率 | 7.1% | 7.0% | 2.9% | 2.6% | 8.02% | 5.05% | 6~6.5% (見通し) |
日本からのアクセスに優れる
日本からベトナムまでの移動は、飛行機で約5時間半です。成田空港、関西国際空港、中部国際空港、福岡空港と、各エリアの拠点となる空港からベトナムへの直通便が出ています。ベトナムの各空港から主要都市まではタクシーを使えば30分程度で移動できます。
日本品質のサービスが受けられるANAやJALのほかに、LCCとして知られるベトナムの航空会社「ジェットスター・パシフィック」も利用できるため、質や費用を自由に選べます。
ベトナムで法人設立する手順
ベトナムでの法人設立は、法人登記や各種登録を行う前にオフィス契約を済ませる必要があります。また、日本と同様に重要書類には印鑑が必要など、ベトナム特有のルールもあります。
- 事前リサーチ
- 進出形態の決定
- 会社名の決定
- オフィスの契約
- 必要書類の確認と準備
- 投資登録証明書の取得
- 企業登録証明書の取得
- 法人の銀行口座開設
- 印鑑の作成と登録
- 国家情報Webサイト登録
1.事前リサーチ
まずは進出に向けた事前リサーチを丁寧に行いましょう。ベトナムは日系企業に人気の国のため、すでに多くの企業が進出しています。競合やここ数年で進出を果たした企業の状況など、自社と関連のある情報を丁寧に把握、分析していくとよいでしょう。
2.進出形態の決定
ベトナムに法人設立をする際には、進出形態を決定する必要があります。主な進出形態は以下の3つです。
- 現地法人
- 支店
- 駐在員事務所
現地法人は、ベトナムに独立した法人を設立する方法です。現地法人を設立することによって優遇税制が受けられる可能性があるため、基本的には現地法人の設立が第一候補となります。ただし、現地のルールに則った会社運営が必要になるため、特に会計や税務の面においては社内で対策を講じておくとよいでしょう。
支店は、日本本社の支店をベトナムに置く方法です。現地法人と比べると手続きが少なく、また損益通算もできるため、利益や損益をマネジメントするのに適しています。しかしながら、ベトナムに支店が置けるのは銀行業や保険業など一部の業種のみのため、事前に自社のセクターとベトナム支店設置の可否を確認しておくとよいでしょう。
駐在員事務所は、営利を目的としない事務所をベトナム国内に設置するものです。この中では一番簡単な方法ですが、営利目的の活動はできないため、ビジネス向けではありません。大企業がベトナム進出を行う前などに、現地でのリサーチや研究を目的として設置する場合があります。
3.会社名の決定
まずはベトナム法人の名称を決めましょう。他の企業と被っているとその名称が使えないため、早めに利用可否の確認を行っておくとよいでしょう。
会社名の利用可否については、政府が運営する以下のWebサイトで確認できます。
名称の利用可否の確認だけでなく、会社設立に関する各種情報もこのサイト上で得られるため、一度は訪問しておくとよいでしょう。
4.オフィスの契約
ベトナムでは法人登録の際に、会社のオフィス情報についても記載する必要があります。そのため、事前にオフィスを契約しておきましょう。
ベトナムでのオフィスの探し方は、インターネットもしくは歩いて探すのが一般的です。インターネットは自宅やホテルからでも探せるため非常に便利ですが、ネット上に掲載されているオフィスのレンタル費用は高めに設定されている傾向があります。また、掲載されている画像と実際が大きく違う、ということもあるため、契約前に必ず現地を確認するようにしましょう。
歩いて探す場合には、事前に候補となるエリアを絞り、タクシーなどで実際に移動しながら物件を探すことになります。候補エリアに精通した不動産関係者に相談することで、おすすめの物件を優先的に紹介してくれることもあるでしょう。
5.必要書類の確認と準備
ベトナムでの法人設立に必要な書類を確認し、準備をしましょう。必要な書類の種類や手続きは、以下の政府サイトで説明されています。
設立したい法人の形態によって異なる書類が必要になるため、必ず確認するようにしてください。言語選択を行うことで、ベトナム語もしくは英語で情報を得ることができます。
6.投資登録証明書の取得
必要な書類が揃ったら、いよいよ会社設立の申請を本格的に進めていきます。外国人がベトナムで法人設立を行うには投資登録証明書(IRC)を取得する必要があります。投資プロジェクト実施申請書と投資プロジェクト提案書に必要事項を記載し、投資登録機関に提出します。
この際に、パスポートなどの身分証明証や資産に関する証明書などが求められる場合があるため、合わせて準備しておくとよいでしょう。
受理されるまでは通常15日程度ですが、審査はかなり厳重に行われており、差し戻しがあった場合には数ヶ月要する場合もあります。また、提出内容によっては当然却下されます。
7.企業登録証明書の取得
政府運営サイトにて、企業登録証明書(ERC)の申請、取得を行います。企業登録申請書に必要な情報を記載するとともに、設立会社の定款や社員リスト、株主リスト(株式会社の場合)、本人確認証明証、投資登録証明書などを提出します。すべての手続きが完了すると、ERCが取得できます。
これで法人登録は完了です。ERCには税申告や納税で必要となる税コードも記載されているため、大切に保管しておきましょう。
8.法人の銀行口座開設
ベトナムでは銀行口座の開設が厳格化されており、外国人では銀行口座が開設できないこともしばしば。しかしながら、ERCがあれば法人用の銀行口座を開設できます。
銀行はベトナム国内での取引に強い地場銀行か、日本から進出した日系銀行か、国際的な銀行などの中から選べます。もしベトナムに根差したビジネスを行うのであれば、拠点やATMが多くある地場銀行で口座開設することで、ビジネスがスムーズに行えます。
銀行で必要となる書類は申請書やIRS・ERCのコピー、パスポートなどです。場合によっては法人の印鑑を求められる場合があるため、その場合には先に印鑑作成と登録の手続きを済ませておきましょう。
9.印鑑の作成と登録
ベトナムでは、正式な書類を作成する際に印鑑を押すという文化があります。他社との契約締結や政府への書類提出の際には印鑑による押印が行われます。特に政府書類などに関しては、印鑑登録証明書のある印鑑を利用する必要があります。印鑑を作成後、印鑑登録機関に申請を行うことで印鑑証明書を取得できます。
10.国家情報Webサイト登録
最後に、国家情報Webへの登録依頼を行います。法人がある地区を管轄している計画投資局に出向き、必要な手続きを行います。基本的にはすでに取得した情報や書類を用いて登録申請できますが、企業登録証明書を取得後30日以内に登録申請を行う必要があるため、忘れないようにしましょう。
ベトナムで法人設立する際の費用
ベトナムでは、法人設立の登録に関してはほとんど費用が掛かりませんが、法人を運営・維持するために毎年ライセンス費を支払う必要があります。また、ベトナムでは外資が参入する際の最低資本金が定められており、この額が非常に大きいため、関連するセクターの方は事前に確認しておくとよいでしょう。
項目 | 費用 | 備考 |
---|---|---|
ライセンス費 | 1~2万円 | 法人継続に必要で、毎年1回の支払い義務がある。 資本金やセクターによって金額が多少異なる。 |
従業員雇用 | 月額5~15万 | 現地でベトナム人を雇用する費用。 業務内容や学歴、経験などによって異なる。 近年は人件費高騰と円安により、必要な費用は上昇傾向。 |
オフィスレンタル費 | 質や広さによって異なる | 法人登記時にオフィス所在地を記載する必要あり。 中心部では高く、地方では安い。 品質の良いオフィスや高く、汚れた部屋であれば安い。 東京と比べると数分の1の費用でオフィスレンタル可能。 |
労働許可証 | 3,000~4,000円 | ベトナムで外国人が働くには、就労が可能なビザに加え、労働許可証を取得する必要あり。 |
最低資本金 | セクターや進出形態によって異なる | セクターごとに必要な最低資本金が定められている。 銀行業:約180億円 研修生の海外派遣サービス:1,200万円 など |
ベトナムの税率
ベトナムの法人税は、企業の規模や利益に関係なく、一律20%です。ただし、そこから各種軽減税率が適用されるため、一般的には0~20%の間で適用されます。税申告と納税は四半期ごとに行われ、第四四半期には確定申告が必要となります。
ベトナムの個人所得税は累進課税となっており、給与所得に応じて5~35%の間で適用されます。
月額収入 | 税率 |
---|---|
500万ドン以下 | 5% |
500万超~1,000万ドン以下 | 10% |
1,000万超~1,800万ドン以下 | 15% |
1,800万超~3,200万ドン以下 | 20% |
3,200万超~5,200万ドン以下 | 25% |
5,200万超~8,000万ドン以下 | 30% |
8,000万ドン超 | 35% |
付加価値税(日本でいう消費税)は、標準税率が10%に設定されていますが、以下に該当するサービスや商品には、0%もしくは5%の軽減税率が適用されます。
付加価値税 | 概要 |
---|---|
0% | 輸出品や輸出サービスなど、国外を対象に行われるもの |
5% | 水、肥料、教育助成、児童用書籍、食料品、医薬品などの生活必需品 |
10% | 上記に該当しないものすべて |
ベトナムで法人設立する際の注意点
ベトナムはこれまで見てきたように、外資企業(特に日本企業)にとって進出しやすい条件が整っている国です。しかしながら、急激な物価上昇と円安の影響でコストが膨れ上がっている、税務手続きが複雑などの注意点もあります。ベトナム進出で失敗を避けるためにも、これらの注意点をしっかりと理解した上で対策を講じるとよいでしょう。
外資規制がある
ベトナムは外資参入に対して、基本的には肯定の立場をとっています。しかしながら、外資がベトナム国内で適切にビジネスを維持できるように、セクターごとに細かい取り決めを行っています。例えば、最低資本金が定められている、年間事業計画の提出が義務付けられている、前年度の売上が一定額に満たない場合にはライセンスを通さない場合がある、などです。
各セクターによって異なる外資規制が定められているため、法人設立前に必ず確認しておくようにしてください。詳細はジェトロのサイトで確認できます。
税務が複雑
ベトナムは税制にも力を入れており、損益合算や繰越欠損金などにも対応しています。しかしながら、その分複雑な税務処理をする必要があるため、税務の専門家でないとうまく対応できないというのが実際のところです。
ベトナムでは毎年ライセンスの更新を行う必要があり、その際に事業の経過状況なども確認されます。そのため、税務をいい加減にしていると、税務調査が入ったり、ライセンス更新許可がおりなかったりする可能性が高まります。
ベトナムでビジネスをするには優秀な現地人材の雇用が重要ですが、中でも税務を担当する人材については妥協せずに選ぶとよいでしょう。
人件費や物価上昇が激しい
ベトナムは今後も経済成長が期待できるため、投資に向いている国といえます。しかしながら、言い換えれば今後もインフレが加速し、人件費も高くなることを意味します。2024年時点ではベトナム人の雇用にかかる費用は日本人よりも低いものの、数年後には逆転している可能性もあり得ます。
また、優秀な人材はアメリカやヨーロッパから高給で仕事を受けているため、日本企業に関心を示さないベトナム人も増えてくるでしょう。
この傾向は今後ますます強くなっていくため、進出するならできるだけ早くした方がよいともいえます。
英語は公用語ではない
ベトナムでは英語が話せる人が増えてきているものの、私生活では公用語である「ベトナム語」が使われています。ビジネスにおいても、請求書がベトナム語で書かれていたり、オフィスレンタルの交渉がベトナム語でしか対応してくれなかったりすることもあるでしょう。
ベトナムでのビジネスをスムーズに進めるには、「ベトナム語」に長けた人材やサポートが必要です。もし自社だけでの対応が難しければ、ベトナム語対応の代行会社に相談するなど、早めの対策を図るとよいでしょう。
ベトナムでの法人設立は代行会社の利用がおすすめ
ベトナムは法人設立や運営に関するチェックが厳しい、税制面が複雑、英語が公用語ではないなどの側面があるため、自社だけでの法人設立・運営の難易度は高めです。もし自社だけでの手続きが難しい、人的リソースが確保できないなどの悩みがあれば、ベトナム法人設立に強い代行会社に早めに相談するとよいでしょう。